必勝と名付けの神様として信仰を集めている「武信稲荷神社」。

賑やかなアーケードからほんの少しそれるだけで、遠くに来たかのような静けさに包まれます。

境内には霊験あらたかな空気がたちこめ、まるで別世界のようです。

「武信稲荷神社」は、藤原良相(ふじわらのよしすけ)公によって創設されました。

人々の健康長寿を願って創設した医療施設「延命院」と、学問所「勧学院」の守護神をお祀りするために建てられたことに発祥します。

後世、藤原武信という人がこちらを厚く信仰し、発展に努めたので「武信稲荷神社」と称せられるようになりました。

稲荷大神への信仰は、大変古くからありました。
「おいなりさん」と言えば、今では「商売の神様」と結びつけて考えられることが多いかもしれません。

そもそも「稲荷」の「稲」は農耕を表し、農耕と産業の神様として信仰されていました。

経済の中心が農業から商・工業に変わるのにともない、「稲荷」の意味合いも変わってきました。

今では、様々な人から信仰されています。
「武信稲荷神社」には、古くから「勝駒」と言われる守護札が伝わっています。

この「勝駒」は、豊臣秀吉が出兵する際にも持参したと言われているそうです。
そこから必勝の神様としても信仰されるようになりました。

「勝」は勝負以外にも、物事に勝る、子宝に勝る、学芸に秀でる、病気に打ち勝つ、受験に勝つ…などその意味するところは多岐にわたります。

たくましく、強く生き抜く生命力を現しています。
「勝駒」の朱色は勢いを表す陰陽の陽の色です。

太陽、生命力、活力といった明けの色を表し、いっそうパワーが引き出されます。
今年一年を守ってくれるお札として持っていたいですね。




「武信稲荷神社」が命名・名付けを行ってきた歴史も藤原良相公に由来します。

平安時代初期、藤原氏と言えば、絶大な力を持っていました。

その昔は、子どもが生まれると、その地域の長老が名前を付けるという習慣があり、藤原良相公も名付けをしていたのです。

昭和の初期に今現在主流の姓名判断などが体系化されます。
その頃から、姓名判断、四柱推命などを取り入れて名付けをするようになりました。

一昔前は、長老や神社から名付けられた名前を与えられるという一方向のものでしたが、今は、両親や家族がいろいろとアイデアをしぼって、凝った名前を考えるようになりました。

「今は、ご両親が考えられた候補の中から、さらに詳しくみさせていただいて良いものを選ぶことが多いですね。

まず、生年月日から四柱推命で赤ちゃんの運気を調べます。
強い運勢を持っている子に、さらに強い運気の名前を付けてしまうと歯止めがかからなくなるので、逆に優しさを加味するような名前にします。

また持って生まれたエネルギーが弱いようなら、強さを引き出すよう名前を付けます」と語るのは、こちらの当代神主の仲尾宗泰宮司。

「今の傾向としては、読むのが難しい漢字を好む人が多いですね。
本来、漢字には『忌み字』と呼ばれるものがありました。

しかし、昔は忌み嫌われていた漢字が、時代の移り変わりとともに意味、印象も変わりました。
それはそれでいいのではないでしょうか。

たとえば『空』という字は、『からっぽ』をイメージするので、昔は好まれませんでしたが、今では、大空をイメージし雄大さを表す字として好まれています。

名前は『音』によっても印象が異なります。
音は脳を刺激し人格の形成に影響を与えると考えられています。

良い音を奏でる組み合わせも考えます。
しかし、何より大事なのはその子が幸福になるよう祈る気持ちです」。



「武信稲荷神社」には、とても有名なエノキがあります。
樹齢約850年で、京都市天然記念物に指定されています。

平安時代末期、平重盛が安芸の宮島厳島神社から苗木を移したと伝えられています。

弁財天が宿るといわれ、その生命力とエネルギーから健康と長寿の神として信仰を集めています。

木にふれた手で体をさすると病気が治ると、参拝者に人気があります。

またエノキは「えんの木→縁の木」とも呼ばれ、弁財天を祀る末社の「宮姫社」は縁結び、恋愛の神様としても知られています。

昔はお見合いの席もあまりなかった ため、こちらの社務所でお見合いが行われていたそうです。

そして「縁結びのエノキ」として信仰されているのには、もうひとつの理由があります。

それは、坂本龍馬とおりょうの愛の逸話です。
幕末、神社の南に六角獄舎という牢獄があり、勤王の志士が多数収容されていました。

坂本龍馬の妻おりょうの父である楢崎将作(ならさきしょうさく)も、勤王家の医師であったために捕らわれていました。

当時は、女性の牢獄への面会は禁止されており、龍馬自身も狙われる身であり面会はできませんでした。

その後、龍馬は追われる身となり、二人は離ればなれに…。
おりょうは龍馬の身を案じ行方を捜し続けていました。
そんな時、二人の思い出の地、武信稲荷神社のエノキを思い出したのです。

おりょうは何かに誘われるように武信稲荷神社に向かいました。
するとエノキに『龍』の字が彫ってありました。
龍馬の字は大変クセがあり、おりょうは龍馬の字であるとひと目でわかり、龍馬が生きていると確信したそうです。

エノキのおかけで消息がわかり、二人はめでたく再会できました。
こんな逸話も残る歴史ある神社。
生命力あふれる樹齢約850年のエノキにあやかり、今年も元気に生きていけるようパワーをいただきましょう!


※赤ちゃんの命名・名付けのご相談については、直接お問い合わせください。


今日もちょっと京都通。

美しい古都に思いを馳せつつ、おいしいお茶を飲みながら、はんなりとした時間をお過ごしください。

では、次回もよろしくお願いします


取材協力:武信稲荷神社
京都市中京区三条大宮西二筋下ル
電話:(075)841-3023



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