京都には御霊(ごりょう)という名前の神社が、2つあるのをご存知でしょうか。

ひとつは御所の北にある御霊神社、もうひとつは御所の南東に位置し下御霊神社として知られる御霊神社です。

今回はそのうち、北の御霊神社をご紹介したいと思います。

こちらの正式名称は御霊神社ですが、下御霊神社と対比して上御霊神社と呼ばれることもあります。

出水通を境界線にして都を南北に分け、それぞれのエリアの住民は上・下御霊神社を氏神として信仰しています。

神社は多くの方々にとって心休まる場所。

そこには神が宿るとされる山や滝、巨岩などの自然物、あるいは神話に登場する神々が祀られています。

しかし御霊神社のご祭神は、早良(さわら)親王という実在の人物なのです。

なぜ早良親王が神として祀られているのでしょうか? 

そこには悲しい物語が秘められているのです。

都が奈良の平城京から長岡京へうつされた次の年(785年)、遷都の統括者が暗殺されるという事件が起きました。

その首謀者として捕らえられたのが、桓武天皇の実の弟・早良親王でした。

親王は兄の桓武天皇に一言の弁明もさせてもらえず、10日間も断食をして無実を訴えます。

しかし淡路島へ護送される途中に衰弱して亡くなり、役人たちは親王の遺体を淡路に運んで葬りました。

親王の死後しばらくすると、自然災害が相次ぎ、天皇の妻や母など身近な人が次々と亡くなります。

「もしや早良親王のたたりではないか?」という噂が宮中で広まります。

そんな噂を恐れた桓武天皇の命令で、都が長岡から平安京へうつされた794年に、新しい都の護り神として早良親王を祀ったのが、こちらの御霊神社なのです。

その後、天皇の後継ぎ問題に破れたり、権力争いに巻き込まれたりと、歴史の影で不運のうちに亡くなった人々を加えた八柱(やはしら:柱は神さまの数をあらわす単位)の神霊が、こちらのご祭神となりました。



早良親王のように悲劇的な死をとげた実在の人物を、神さまとしてあがめることを御霊信仰(ごりょうしんこう)といいます。

平安時代に盛んになり、天変地異や疫病流行は彼らの恨みが原因であると考えて、その霊をしずめるための御霊会(ごりょうえ)が盛んに行なわれました。

最初の御霊会は平安時代の863年に催されたと伝えられていますが、御霊神社は御霊信仰発祥の地として、最古の御霊会の姿を今に伝えています。

御霊祭は神さまが氏子の中で賑やかに過ごす一日。

豊作を祈って行われる村祭りとは違って、平安京の発展により生まれた都市型の祭りといえます。

かつては7月18日と8月18日に行われていましたが、現在は5月1日に社頭之儀(しゃとうのぎ)、5月18日に渡御之儀(とぎょのぎ)が催されます。

還幸祭では各町内の鉾(ほこ)、稚児行列、神輿、牛車の巡幸などがあって、雅な平安絵巻が繰り広げられます。

この神輿や牛車の中には、菊の御紋がついた貴重なものが含まれています。

由緒ある神社とはいえ「なぜ菊の御紋が?」と思われるかもしれませんね。

実は明治以前、上御霊神社は皇室の産土神(うぶすながみ)でした。

都の北側に位置する御所は、上御霊神社を氏神とする範囲に入っているのです。

そのため昔から皇室とのつながりが深く、神輿や牛車以外にも、さまざまなものが寄贈されています。

御霊神社の本殿は、江戸中期に皇室より賜った賢所(かしこどころ)御殿の遺構を1970年に復元したもの。

境内には菊の御紋のある立派な蔵もあります。

最近、御霊神社の境内から古い紋様の瓦が出土し、ここが上出雲寺(かみいずもじ)のあった場所であることが判明しました。

上出雲寺は平安京ができる前からあった古いお寺で、最澄も住んだことのある由緒あるところ。

そのような場所に御霊をしずめる神社が建てられたのも、なるほどとうなずけますね。



鎮霊(こころしずめ)の社とも呼ばれる御霊神社。

こちらでは10年ほど前から「こころしずめの御守」を授与しています。

御霊をしずめる神社として、何か人々の役に立つものをと考案されました。

ピアノの発表会やスポーツの審判などの際、平常心を保てる…と人々の間にクチコミで広がっています。

神道では人間の身体と心は、神からいただいたものと考えます。

それならば神からもらった「自分自身」を大切にしなければなりません。

人は心の安定が保てなくなると、悩みが生まれ、ストレス・心の病によって自分自身をも粗末に扱ってしまうことがあります。

「鏡」はよくご神体とされていますが、その鏡を手に取ったとき見えるのは自分の顔。

このことは、つまり神は鏡に写った自分自身と教えてくれています。

「神道では清めるということを大事にします。
身体の汚れは払えばとれますが、心の汚れはとれにくい。
ストレスが清らかな心を乱すのであれば、それを軽減するためのお役に立ちたいのです」と宮司の小栗栖さん。

「早良親王自身の気持ちは誰にもわかりませんし、本当の暗殺犯は未だに謎のまま。
しかし同じ母から生まれた兄におとしめられて無念の気持ちのまま他界した早良親王。
胸が張り裂けんばかりのその悲しみに、1000年以上経つのに共感する人々がいる。
人間にはそういう気持ちを放っておけない心があるのです。
御霊とは無念の思いで亡くなった方への、敬意を込めた呼び方なのです。」

こうした、無念の死をとげた人の魂を慰めたいという人々の衝動が御霊信仰となりました。

京都には御霊を祀った神社が多くあります。

そこでは人間の心にある恨みや、消えることのない怒り、切ない思いを少しでもしずめ、人を許せるような心の平安を祈っているのです。

※2011年5月14日18:50より御霊祭かがり火コンサートが行われます。
※2011年5月18日、御霊祭 渡御之儀(とぎょのぎ)は、祭列は13:00に神社を出発します。



今日もちょっと京都通。

では、次回もよろしくお願いします。



取材協力:御霊神社(上御霊神社)
京都市上京区上御霊前通烏丸東入
電話番号:(075) 441-2260




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