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京都通

  • 2010/11/13

第204回 常照寺『美貌と才能を兼ね備えた名妓・吉野太夫を偲ぶ』

朱色の山門は吉野太夫が寄進したもんなんどす

江戸時代初期、法華信仰をバックボーンとした芸術村を築こうと京都・鷹峯に移り住んだ芸術家・本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)。
常照寺はその光悦の寄進した土地に、日乾上人(にちけんしょうにん)が開創したお寺です。
かつては学僧の修行道場(僧侶の学校)として広く信仰され、多い時には幾百もの学僧がここで勉学修行に勤しんでいました。

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参道を進むと、艶やかな朱塗りの山門に迎えられます。
「吉野門」と呼ばれるその山門は天下の名妓・吉野太夫が日乾上人に帰依し、篤い信仰心をもって、わずか23歳の時に巨財を投じて寄進したものです。

吉野太夫こと松田徳子は京都に生まれ、7歳で遊里に預けられました。
14歳で二代目吉野太夫の名跡を継ぎ、天下の名妓とうたわれるようになりました。
全盛期の吉野太夫は井原西鶴の「好色一代男」に前代希代の遊女と記されるほどで、その美しさは遠く中国まで伝わっていました。

美しい容姿に加え、茶湯や華道、香道、書、俳句、和歌、三味線、囲碁の諸芸に秀で、情に厚く、品性を備えていたという逸話まで残されています。

そんな彼女も26歳の時に豪商・灰屋紹益(はいやじょうえき)に身受けされ、結婚。
その後、彼女は38歳という若さでこの世を去り、遺言によって常照寺本堂裏の墓地に葬られました。

悲しみに明け暮れた紹益は吉野の骨灰を飲み下し、その悲しみを詠みました。
「都をば 花なき里になしにけり 吉野を死出の山に移して」

お寺の中すべてが女性らしい雰囲気やおへんか

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本堂裏手にある、吉野太夫ゆかりの茶室「遺芳庵(いほうあん)」。
この茶室の「吉野窓」と呼ばれる壁一面の大円窓を、吉野はたいそう好んだとか。

よく見ると窓の下部分が少し切り取られています。
完全な円は仏教でいうと完成した悟りの姿。
吉野はこの窓に完全ではない自分の姿を映し、自らを戒めていたのだそう。
この茶席では毎月吉野を偲んで釜がかけられ、多くの茶人で賑わいます。

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五千坪にわたる広大な境内には、さまざまな花が咲き誇ります。
春にはソメイヨシノ、しだれ桜、八重桜に山桜、そして椿に霧島ツツジ、梅雨時期にはガクアジサイやサツキ、夏にはキキョウ、白蓮、秋にはハギ、ホトトギス、モミジ、冬には南天などなど。
茶花もたくさん植えられており、四季を通じてお庭を鮮やかに彩ります。

松の木などの雄大な木々は見当たりません。
それはここが吉野太夫を祀ったお寺だから。
自然美の中にも女性らしく柔らかい雰囲気を意識したしつらえが施されているのです。

山門を入ってすぐ右手には「帯塚」が建てられています。
女性の心の象徴「帯」に感謝し、祈りを捧げるための供養塚です。
珍しい帯状をした塚石は、四国の吉野川から運び込まれた自然石です。

また、本堂の左手には鬼子母尊神堂(きしぼそんじんどう)があります。
鬼子母尊神は、もともと子供を殺して食べる悪鬼でしたが、仏の教えによって改心。
のちに子育てや子授けの神様、信仰する者を守る神様になったのです。

満開の桜と艶やかな太夫の競演を堪能しておくれやす

毎年4月の第2日曜に、吉野太夫を偲ぶ「花供養」が営まれます。
これは歌人・吉井勇や俳優・大河内伝次郎らが発起人となって、昭和28年から始められたもの。
今では京都の春を彩る風物詩となっています。

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桜が舞い散る中、源光庵から常照寺まで、艶やかな衣装に身を包んだ島原太夫が太夫道中を繰り広げます。
古式にのっとって、かむろ(太夫に仕える少女)や傘持ちの男衆らを従え、内八文字という独特の歩き方でしずしずと常照寺の本堂へと向かいます。

追善法要として、読経の中、お茶が点てられ、霊前に供えるのです。
法要後は吉野太夫の墓前祭も執り行われます。
また、野点席では島原太夫による点前がふるまわれ、吉野ゆかりの遺芳庵でも釜がかけられます。

こうして、この日は一日かけて吉野太夫を偲ぶのです。
(道中の見学は自由ですが、境内で行われるお茶席などの催しは有料となっています)

ここは桜だけでなく、これからの時期は赤く染まる紅葉を楽しむことができます。
色付きが異なる数種類のモミジが境内を真っ赤に染め、その後もはかなく美しい散りもみじ、絨毯のように地面いっぱいに広がる敷きもみじなど、それぞれに風情があります。

紅葉の見ごろは11月下旬から12月初旬ごろ。
真っ赤なモミジに包まれるこの常照寺で、晩秋の情趣を心ゆくまでご堪能ください。

取材協力 : 常照寺
〒603-8468 京都市北区鷹峯北鷹峯町1番地
電話番号 : (075)492-6775

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