Kyoto tsu

京都通

  • 2010/5/22

第179回 平安の宮廷文化を現代へつなぐ"かけはし"『宇治市源氏物語ミュージアム』

宇治市は源氏物語の舞台になってるんどすえ

京阪線「宇治」駅を降り、駅前に立つと、どうっと流れる水の音が耳に届きます。右手に走る宇治川の流れる音です。
すぐ目の前にかかっているのは、木製の欄干が優雅な「宇治橋」。
世界遺産の平等院へと続くこの橋は、1000年も前に書かれたある書物にも登場し、重要な舞台として描かれています。
その書物とは、みなさんもよくご存じの名作、『源氏物語』です。
今回は、そんな『源氏物語』の世界観を体感でき、平安の文化を垣間見ることができる、「宇治市源氏物語ミュージアム」をご紹介します。

tuu_179_001

そもそも、なぜ、「宇治」に『源氏物語』なのでしょうか。
全54帖の長編大作、『源氏物語』は、光源氏の恋物語ですが、物語が進むうちに、主人公は光源氏の息子"薫の君"と、孫"匂宮"という二人の貴公子に移ります。
その最後の10帖、「橋姫」の巻から「夢の浮橋」までが、宇治を舞台に繰り広げられるため、「宇治十帖」と呼ばれているのです。

宇治市は、女流作家に与える紫式部文学賞の創設をはじめ、この20年、紫式部にちなんだまちづくりに取り組んできました。
その一環として、平成10年にオープンしたのが、この「源氏物語ミュージアム」です。

『源氏物語』をひも解くと、京の都を束の間離れ、宇治の山荘を訪れては、琵琶や琴、横笛といった管絃をたしなむ貴族たちの姿が描かれています。
紫式部が『源氏物語』をしたためたのは、1000年以上前の平安中期の頃。
宇治川のほとりの「平等院」が、平安期の権力者、藤原道長の別荘であったことを考えると、実際、宇治には有力貴族たちの山荘が立ち並んでいたのでしょう。

そんな人里離れた宇治の「仮の草の庵」で、忘れ去られたようにひっそりと暮らす、光源氏の弟、八の宮とその2人の娘たち。
宇治十帖の物語は、この"大君"と"中の君"という2人の娘と、姫君たちに思いを寄せる"薫の君"と"匂宮"を軸に進んでいきます。
さらには、姫君たちの異母妹、"浮舟"が登場し、三角関係へと発展していきます。
そんな5人の恋物語で重要な役割を担っているのが1000年前と変わらず悠々と流れる宇治川なのです。

宇治観光が楽しくなる映画も上映してるんどす

宇治川の右岸に佇む源氏物語ミュージアムを訪れると、木立の奥に、平安時代の寝殿造りをイメージして設計された、ガラス張りの美しい建物が見えてきます。
周囲に池や橋を巡らしてあるのも、平安の頃を彷彿とさせるようです。

常設展示室は「平安の間」と「宇治の間」に分かれています。
「平安の間」では、『源氏物語』全体の概略を解説。
囲碁を楽しむ姫君たちと、それを垣間見る光源氏が再現されています。
"垣間見る"とは、文字通り垣根の隙間から覗き見ることを指していたのですね。

桜の木立に、実物大の牛車も展示されていました。
殿方が姫君の元に通う場面や、姫君がお出かけになる場面など、『源氏物語』ではたびたび牛車が使われています。
牛車には紋が付いていて、所有者を明確に示しており、この紋がのちに家紋に発展したとも言われています。
現代の自動車と違って、お忍びの際には、さぞ牛車の扱いにも苦慮されたことでしょう。

tuu_179_002

「牛車が持てるのは、裕福な証です。
車の購入代金はもちろん、牛も必要ですし、牛を飼う人夫の人件費も必要ですからね」と同館の方が教えてくれました。
復元した牛車を目の前にして、平安の華やかな文化を鮮明に想像できるのも、紫式部のおかげだと感謝せずにはいられません。

一方、「宇治の間」は、「宇治十帖」を解説した展示室です。
八の宮のお屋敷を再現し、"大君"と"中の君"の2人の姫君が、簾の向こうで琴と琵琶を演奏しています。
それを垣根越しに垣間見るのは、"薫の君"です。

シアタールームでは、映画「橋姫」を常時上映。
宇治十帖のストーリーを20分程度にまとめたものです。
一度も物語を読んだことがない方でも、この映画を見ることで、理解がより深まるだけではなく、宇治川一帯の散策が、一段と楽しいものになるでしょう。

平安文化を体感しておくれやす

また、同館を訪れたら、お勧めなのが、無料ゾーンを存分に満喫すること。
十二単の姿に自分の顔を合成したシールが作れる撮影機(撮影料は別途)や、『源氏物語』の主人公を用いた性格診断など、友達同士でわいわい楽しむこともできます。
3000冊以上の蔵書を誇る図書館に並ぶのは、『源氏物語』や平安文化に関する貴重な書物。
たびたび通い、紅梅や白梅など四季折々の植物が植えられた美しい庭を眺めながら、1日、ゆったりと読書を堪能して帰る人も。

tuu_179_004

「源氏の小道」と呼ばれる庭には、季節によってさまざまな花々が色を付けます。
ここに植えられているのは、すべて『源氏物語』に登場する植物たち。
初夏には紫色の桔梗が咲き誇り、夏には蓮が白い花を咲かせます。
花を観賞した後で『源氏物語』を読み返してみると、物語がさらに鮮やかなものとなって想像を掻き立ててくれます。

tuu_179_004

同館では、香りを使った遊び「源氏香」についての資料も手に入ります。
これは江戸時代に確立された娯楽で、数種類の香木をかぎ、その匂いを当てるというもの。
『源氏物語』の中から、52の巻名が香りの名前として用いられています。

物語でも、"薫の君""匂宮"という、主人公の名前からもわかるように、「香り」は大切な要素。
特に"薫の君"の醸し出す芳香は、宇治へ向かう道中の人々を目覚めさせたり、「極楽浄土の匂いか」と人々に思わせたりと、さまざまな描かれ方がしています。
江戸時代の人々が、「この香りは"空蝉"ですね」といった会話を繰り広げていたのだと考えると、いかに『源氏物語』がのちの世にまで影響を与えていたかが窺い知れます。

『源氏物語』の中でも、宇治十帖は、「橋姫」「夢浮橋」という巻名からもわかるように、「橋」が大きな役割を担っています。
宇治川の右岸と左岸に渡る宇治橋は、この世とあの世をつなぐものとして、また、男と女をつなぐものとして、たびたび比喩に使われました。
同館でも、「平安の間」と「宇治の間」をつなぐ橋として、演出に採り入れられています。

平安の優美な文化を今に伝える『源氏物語』は、木々花々を愛でる気持ち、楽や川の音色に耳をそばだてる繊細さまで、現代に伝えてくれているよう。
平安と現代をつなぐ"かけはし"として、これからも世界から愛され続けていくのでしょう。

取材協力 : 宇治市源氏物語ミュージアム
〒611-0021 京都府宇治市宇治東内45-26
電話番号 : (0774)39-9300

Translate »